実家に住んでいたころ、24時間テレビや黒柳徹子に感化され、開発途上国を援助するボランティア活動や国際NGOで仕事することを夢見ていました。
国際NGOとは、民間の立場から利益を目的とせずに、国際的な問題(貧困・紛争・災害など)に取り組む市民団体のことです。
私が翻訳を始めたのは、2003年、当時スペイン・マドリードの修士課程(学士が1年で職業理論や実践を学ぶ場)に通い、NGOに研修に行っていた時でした。
夢のNGOでの仕事の現状は想像していたよりも苦しいものとなりました。NGOで事務方として働くことは、とてもやりがいはあるものであったとはいえ、お給料はとても安く、当時一人暮らしであった私の生活を支えるのは難しかったのです。
私はその「給料の安いNGO活動」の合間や、留学先のスペインの大学院で、語学と学問、生計と今後の人生などについて悩み、考え、葛藤を抱きながらも、忙しい日々をこなしていました。
そんなある日、研修先のNGOのアメリカ人上司に紹介されて、あるものをスペイン語から日本語に訳すお仕事をしてみることがあったのです。
それは、レストランのメニュー。
「料理名がただ並んでいるだけのメニューなんて、余裕、余裕。速攻で終わらせるわ」なんて思いたのに、実際に取り組んでみると、頭を抱えることに。
全部知っている食べ物なのに、日本語が出てこない。まったく訳せない。
ここでまず、壁にぶち当たりました。
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え?料理名なら訳すのなんて楽勝でしょ、何を言っているの、この人⁉とか思っている方。翻訳の世界は奥が深いのです。
例えば、Local Sweat & Sour Chicken with Butter Rice を和訳してみてください!と言われたら皆さんならどうしますか?
インドにあるあるインドカレーのお店では、上の英文の下に「ローカル甘酸っぱいチキン バターライス添え」と書かれていました。カレーのルーに入っている鶏肉の話をしているのですね。
まず、localの訳ですが、今のわたしならそういう時は直訳をせず、「酢鶏入りムンバイの田舎カレー バターライス添え」(もしその土地がムンバイだったとしたら)とか「酢鶏入りご当地カレー バターライス添え」など意味の通るもので訳します。いきなりローカルチキンとか言われてもよくわからないですよね。
同じ店で、Crispy Calamariを「香ばしいイカ」と表現していましたが、これもイカリングやイカフライなど日本でなじみ深いほうがわかりやすいですよね。
これらはほんの一例ですが、しっくりとくる訳を探す大変さが少しでもお分かりいただけたでしょうか。
駆け出しのころは、そういった機転も利かず、直訳からのイメージに凝り固まって頭を抱えたものでした。
当時、大学院でスペイン語の論文を執筆中だった私が、レストランのメニューですら、まともにすらすら訳せないなんて……と、プライドはずたずた、あまりのショックにいきなり「お先真っ暗!」に感じました。
当時はインターネットも今ほど普及しておらず、グーグル翻訳のような機械翻訳も今ほど普及していませんでしたから、頼れるのは自分自身……
困り果てた末、それでも気を取り直して机に向かうと、たかが2-3ページのおしゃれなスペイン料理のレストランのメニューを訳すのに、けっきょく丸一晩、一睡もせず徹夜をせねばなりませんでした。
次の朝、自分が訳した、その日本語のメニューを見返してみると、これまた意味不明。
今度は、遥か遠い母国である日本のレストランを思い浮かべ、西日辞典、日西辞典、国語辞典をフル活用しながら、自然な日本語に変換する作業をすることになりました。
この時、どんなことで苦労し、どんなふうにして乗り切ったかは、正直もう覚えてないほどですが、力づくで、なんとか完成させたのは、確かです。
それも今となっては懐かしい思い出です。
翻訳をかじったことのある方なら、みなさん、こんな経験をされたことがあるのではないでしょうか。